愛されれば愛されるほど | 手を重ねても消えない寂しさに、居場所をひとつ。ヤーロムの「埋まらない隔たり」とコッポラが描いた東京、レモンが香るマザグランの酸味が、愛されているのに寂しい夜をほどいていく。
抱き寄せられている腕の中で、
ふいに、ひとりになる瞬間がある。
相手の体温は、確かにそこにあって、
愛されていることも、ちゃんとわかっている。
それなのに、胸の奥の寂しさだけが、
少しも薄まってくれない。
愛されるほどに、寂しくなる。
そんな逆説を、そのまま差し出した
一篇の恋愛詩がある。
à partir du 11 octobre 2026
一かけらの今 a l’honneur de soutenir
愛されれば愛されるほど

いくら手を重ねても
強く抱き寄せられても
心のどこかで
寂しさが居座っている
そばにいればいるほど
愛されれば愛されるほど
寂しさがこみ上げてくる
Poetry by ある光
そこには、最後まで埋まらない隔たりが残る
「愛されれば愛されるほど」と
題されたこの詩の彼女は、
愛されていないわけではない。
手を重ね、強く抱き寄せられている。
それでも「心のどこかで、
寂しさが居座っている」。
“居座っている”という言葉が、
ずっと心に残っている。
追い出そうとしても出ていかない、
客ではなく、住人のような寂しさ。
彼女の中には、戸惑いと、
かすかな申し訳なさが、
「こんなに愛されているのに、どうして」という
自責とともに、静かに混ざっているように見える。
寂しいと言えば、
相手の愛を疑っているように
聞こえてしまうかもしれない。
だからこの感情は、彼女の内側に、
そっと閉じ込められているのではないだろうか。
恋愛の名言としては、少し意外な人選かもしれない。
けれど、この寂しさに言葉を与えてくれるのは、
アメリカの精神科医で、
実存心理療法の第一人者でもある
アーヴィン・ヤーロムだと思う。
彼は著書『Existential Psychotherapy』(1980年)の中で、
人と人との間に残る距離を、
こう書き表している。
« …there remains a final, unbridgeable gap. »
— そこには、最後まで埋まらない隔たりが残る。
この一文の手前には、
「どれほど近づいても」という意味の言葉が置かれている。
どんなに親しくなっても、
人は一人で生まれ、一人で去っていく。
その事実だけは、誰とも分け合えない、ということなのだと思う。
愛されるほどに寂しくなるのは、
愛が足りないからではなく、
愛が深まるほど、
“埋まらない部分”の輪郭が、
はっきりと見えてくるからなのかもしれない。
彼女の寂しさは、欠点でも、
相手の愛の不足でもない。
人が人を愛するときに、
どうしても残ってしまう余白のようなもの。
そう思うと、少しだけ、
息がしやすくなる気がする。
愛されても、最後まで埋まらない隔たり
ソフィア・コッポラ監督の映画
『ロスト・イン・トランスレーション』(2003年)を
思い出す。
東京のホテルで出会う、
二人の孤独な人の物語。
新婚のシャーロットは、
カメラマンの夫の仕事に同行して来日するけれど、
夫は仕事に追われ、
すぐそばにいても、心は遠い。
眠れない夜、ホテルのバーで出会うのが、
ウイスキーのCM撮影で来日した、
盛りを過ぎた映画スターのボブ。
ボブもまた、家族との距離を感じている。
二人は言葉を重ね、
東京の夜を歩き、
確かに“通じ合う”。
けれどラストで、
ボブがシャーロットの耳元に何かをささやくのに、
その言葉は、観客には聞こえない。
シャーロットは、夫と“一緒にいる”のに孤独で、
短い時間で通じ合えた相手とも、
最後には、届かないものが残る。
「そばにいればいるほど寂しい」という詩の逆説と、
ヤーロムの“最後まで埋まらない隔たり”を、
この映画は、悲劇としてではなく、
静かな温かさと一緒に描いている。
聞こえない囁きという余白が、
そのまま、“埋まらない部分”の
象徴になっているのだと思う。
隔たりをなくすのではなく、隔たりごと慈しんで
寂しさを、“消すべきもの”として
扱わなくていいのだと思う。
まずは、痛みとして認めてあげること。
そうして認めた先で、
その寂しさは、いつか
“一人であることの豊かさ”に、
変わっていく日が来るかもしれない。
寂しさを抱えたまま誰かと過ごす時間には、
寂しさがなかったときには見えなかった、
やさしさの輪郭があるのではないだろうか。
「幸せなのに贅沢だ」と言われたくはない。
彼女がほしいのは、きっと、
この寂しさは“愛の欠陥”ではないと、
そっと教えてくれる誰かの言葉。
だから、この寂しさに、
名前をつけてあげたい。
愛が足りないのではなく、
愛が深いから見えてくる、余白の名前を。
隔たりをなくそうとしなくていい。
隔たりごと、
そっと慈しんであげればいい。
fin d’un début
ある始まりの終わり
hitokakeranoima seleção
Ebba Forsberg — “Lost Count”
hitokakeranoima seleção
Ebba Forsberg — “Lost Count”

“愛されているのに、なぜか寂しい夜”。
今夜の「hitokakeranoima seleção」は、エバ・フォルスバーグの「Lost Count」(冒頭のYouTube動画から、聴いてみてね)
慰めようとしない音楽は、時に、いちばん心にしみる。この曲を聴いていると、寂しさを追い払わなくてもいいのだと、そっと許されたような気持ちになれそう。
1960〜70年代の北米のシンガーソングライターに影響を受けたと言われる彼女の音楽は、内省的なアコースティックの質感に、アダルト・コンテンポラリーのざらりとした荒さをあわせ持っている。2分半ほどの短い一曲の中に、飾らない手触りが、静かに息づいている。
歌われているのは、誰かに去られ、自分も去ってきた過去。それを、数えきれないほどの喪失とともに、潔く引き受けるような内容になっている。嘆くでも、言い訳するでもなく、ただ静かに受け止めていく姿が、聴く人の肩の力を、少しだけ抜いてくれる。
歌うのは、1964年ストックホルム生まれのスウェーデン人シンガーソングライター。「Lost Count」は、1997年のデビューアルバム『Been There』の1曲目で、米国では1998年に、マドンナ設立のMaverick/Warner Bros.から発売された。
作詞は、姉のカイサ・リビング。1998年には、Billboardの
アダルト・オルタナティヴ・エアプレイ・チャートで
最高19位を記録している。2023年にはシングルとして再リリースされ、近年も、母国スウェーデンで活動を続けている。
1960〜70年代の北米のシンガーソングライターが好きな人も、ぜひチェックしてみてほしい。
数えきれない喪失を潔く引き受けるこの曲の佇まいは、愛されても埋まらない寂しさを、消さずに抱えていく詩の彼女と、
静かに重なっているように思う。
“Certains vides ne se comblent pas : on apprend à les habiter.”
— 埋まらない空白もある。そこでの暮らし方を、人は少しずつ覚えていく。
A saudade também tem melodia.
寂しさが居座る夜は、マザグラン(Mazagran)を味わって
“こんな夜”におすすめのドリンクを紹介。

寂しさが居座る夜に、
無理に甘いもので埋めようとするのではなく、
ほろ苦さと酸味を、
そのまま味わってみる一杯。
エスプレッソの苦みに、
レモンのすっと立つ酸味。
甘さでごまかさないその潔さが、
“埋まらない余白”と仲良くなるための
一杯になるかもしれない。
マザグランは、1840年前後のアルジェリア
(マザグラン要塞、モスタガネム近郊)で、
フランス軍の兵士たちが、
暑さの中でコーヒーを冷たく飲んだのが
始まりと伝わっている。
「世界最古のアイスコーヒー」とも言われるけれど、
起源には諸説あるという。
フランスに伝わった後は、
ポルトガルなどで、
エスプレッソ+氷+レモンの形で受け継がれた。
ランボーの散文詩『大洪水のあと』
(1886年刊『イリュミナシオン』所収)にも、
“マザグラン”が登場する。
2026年の夏には、
TikTokで「エスプレッソレモネード」が拡散した。
デトロイトのカフェの投稿がきっかけとされ、
「Arnold Espresso」とも呼ばれたこの一杯が、
「実は180年前のマザグランだ」として、
あらためて注目を集めている。
東京のカフェでも、近い系統のエスプレッソレモネードが
提供されている。
新しい流行のようでいて、実は、
時間をかけて飲み継がれてきた一杯。
季節が移ろうたびに、
誰かを想う気持ちも、寂しさも、
少しずつ色を変えながら、
人の中に巡ってきたのだと思う。

| 調理時間 | 約5分(エスプレッソの粗熱を取る時間を除く) |
| 分量 | グラス1杯分 |
| 難易度 | ★☆☆(3ステップ) |
材料(1杯分)
- エスプレッソ:40ml(ダブル1杯。濃いめに淹れたコーヒーでも可)
- レモン果汁:大さじ1〜2(15〜30ml)
- はちみつ(またはシュガーシロップ):小さじ1〜2
- 冷水:100〜120ml
- 氷:グラス一杯分
- レモンスライス:1枚(飾り用)
- ミント:少々(飾り用)
作り方
STEP 1

- エスプレッソを抽出し、粗熱を取る。急ぐときは、別の容器に注いで氷水で冷やす。
STEP 2

- グラスに氷を入れ、レモン果汁、はちみつ、冷水を加えてよく混ぜる。
Enjoy!

- エスプレッソをスプーンの背に当てるようにして静かに注ぎ、レモンスライスとミントを飾る。
日本で作るなら?
エスプレッソマシンがなければ、モカポットで淹れた濃いコーヒーや、濃いめに淹れたドリップコーヒーでも代用できる。
レモン果汁は、市販のストレート果汁でも作れるけれど、生のレモンの方が香りが立つ。
炭酸で割る場合は、エスプレッソ40ml、レモンシロップ20〜25ml、炭酸100〜150mlの組み合わせでも楽しめる。
無糖炭酸水とシロップがあれば再現できる。
ちょい足しレシピ
ミントを添える:ポルトガルなどの伝統的な飲み方にも、ミントを使う例がある。 炭酸水で割る:スパークリングにすると、爽快感が増す。
ラム酒をほんの少し:ポルトガルやブラジルの飲み方として、ラム酒を加える例がある。大人の夜向けのアレンジ。
フローズンにする:TikTokでは、氷と一緒にブレンドしたフローズン・エスプレッソレモネードも人気を集めている。
赤ワインとシナモンのホット版:日本語の資料にある、赤ワイン+レモンスライス+シナモンスティックのホット版は、これからの季節に向いている。
愛されているのに寂しいのは、
愛が足りないからではなく、
愛が深いほどに、
埋まらない余白が見えてくるから。
その余白ごと、今夜はゆっくりと。
明日には、すっと目が覚めるような
やさしい酸味が、
そばにありますように。
じゃあ、またね!

poetry by ある光
a film by 一かけらの今
illustration by Velvet Easter Corp.
for those who still believe in love.
まだ愛を信じている、すべての人へ。
あなたの「恋」を、ぜひここに
誰かに話すほどではないけれど、
自分の中では忘れられない瞬間。
言葉にできないほど切なかった夜や、
今でも胸が温かくなる記憶。
あなたの心の中にある大切な『恋』の欠片を、
少しだけお裾分けしていただけませんか?
※お送りいただいたメッセージは、編集部にて大切に拝見いたします。
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