過ぎ去ろうとしない恋 | 季節が巡っても動かない、心の片隅の“あなたの場所”。プルーストの“失われた楽園”、ニコの氷のような歌声、カフェオストの湯気が、消えない恋に、楽園という名前を贈る。

好きな人を忘れる方法がない

また、あの季節の風が吹いてくる。
思い出も、いっしょにめぐってくるのに、
ひとつだけ、巡らないものがある。

心の片隅の、小さな場所。
季節が変わっても、
誰になんと言われても、
そこだけは、なぜか動かない。

引きずっているわけでも、
忘れようとしているわけでもなく、
ただ、そこにあるだけの場所。

そんな場所のことを綴った
一篇の詩を、そっと開いてみる。

Seasons turn. Some corners of the heart never do.

à partir du 18 octobre 2026
一かけらの今 a l’honneur de soutenir

過ぎ去ろうとしない恋

Created by 一かけらの今

季節が巡るたび
思い出もめぐるけど

心の片隅に
あなたの場所がある

それは消えない
永遠に消えない

過ぎ去ろうとしない恋


Poetry by ある光

本当の楽園とは、失われてしまった楽園のこと

詩は、こんなふうに始まる。
「季節が巡るたび、
思い出もめぐるけど」。

思い出は、季節といっしょに、
やってきては、遠ざかっていく。
けれど、“あなたの場所”だけは、
どれだけ季節が変わっても、
同じところから動かない。

その事実に、
この詩の彼女は、
かすかな戸惑いをにじませている。

その背後には、
「いつまで引きずっているの」という、
世間の声があるのかもしれない。
あるいは、それは、
彼女自身の声なのかもしれない。

後半で、詩は、
“消えない”という言葉を重ねていく。
自分に言い聞かせているというより、
そこにあることを、
そっと確かめているように聞こえる。

そんな彼女の気持ちに、
静かな光を当ててくれる名言がある。

フランスの作家、マルセル・プルーストは、
『失われた時を求めて』の最終巻、
『Le Temps retrouvé』
(見出された時、1927年)の中で、
こんな言葉を残している。

« Les vrais paradis sont les paradis qu’on a perdus. »
— 本当の楽園とは、失われてしまった楽園のことだ。

忘れることで、その記憶は、
今の自分とは結びつかないまま、
自分だけの場所に、
自分だけの日付で、残っている。

だから、かつて吸った空気が、
まるで新しい空気のように感じられる。
そんなふうに、語られている。

“巡る思い出”と、“動かない場所”。
詩の中のこの対比に、
失った場所こそが、
本当の楽園なのだという光を、
そっと当ててくれる言葉だと思う。

傷あとのように思えていた場所が、
実は、楽園だったのだとしたら。
引きずっているのではなく、
大切に守っているだけなのかもしれない。

“あなたの場所”という小さな希望

“あなたの場所”が、
そのまま、
約束の場所になっている物語がある。

『冷静と情熱のあいだ』は、
同じ物語を、女性側のRosso(江國香織)と、
男性側のBlu(辻仁成)から描いた、
二冊の恋愛小説。

大学時代に付き合っていた、
順正とあおい。
別れ際に、二人は、ある約束をする。
30歳の誕生日に、
フィレンツェのドゥオモ(クーポラの上)で
待ち合わせしよう、という約束。

絵画の修復士を目指して、
フィレンツェで暮らす順正は、
あおいを忘れられないまま、
その約束を、小さな希望にして生きている。

2001年には、
中江功監督、竹野内豊、ケリー・チャン主演で
映画化もされた。

10年越しの再会のあとに、
二人が知るのは、
10年という歳月が、
それぞれの人生を歩ませるのに、
十分だった、ということ。
結末は、ここでは伏せておく。

詩の“あなたの場所”は、
この物語では、
ドゥオモという、実際にある場所になっている。

時間が経っても消えない恋と、
変わっていく二人。
過ぎ去ろうとしない恋を、
ドゥオモという場所に預けた物語として、
この詩と重ねてみたくなる。

“あなたの場所”は、
過去に置いてきたものではなく、
明日を生きるための、
小さな希望にもなる。
順正にとっての、ドゥオモのように。

“その場所”を心に持ったまま、今を生きていい

「そろそろ忘れたら」
「新しい恋を探してみたら」

そんな言葉が、
やさしさから出ていることも、
彼女はきっと、わかっている。
それでも、
心の片隅の“あなたの場所”は、
急かされて片づけられるものではない。

恋が過ぎ去らないことは、
未練でも、引きずりでもなく、
ひとつの愛のかたちなのかもしれない。

その場所があるから、
季節がめぐるたびに、
あの人を思い出せるのだとしたら。
それは、ちゃんと愛した証のようなもの。

だから、その場所を心に持ったまま、
今を生きていい。

新しい景色の中にいても、
明日を笑って迎えても、
“あなたの場所”は、
そこで静かに待っていてくれる。

fin d’un début
ある始まりの終わり

hitokakeranoima seleção

Nico — “These Days”

“あの人の場所に、ふと触れてしまった曇りの日”。

今日の「hitokakeranoima seleção」は、ニコの「These Days」(冒頭のYouTube動画から、聴いてみてね)。

思い出に触れてしまった日は、無理に明るい曲で上書きしなくてもいいのだと思う。この曲を聴いていると、あの人の場所を心に持っている自分を、責めなくてもいいような気持ちになれそう。

窓ガラスをつたう水滴が、光を拾いながら落ちてくるようなギター。体温の低い指先で、そっと触れられるような声。曇りの日に、窓辺で昔の写真を眺めているような曲。

ギターはどこまでも親密でやわらかいのに、ニコの声は、抑揚が少なく、氷のように遠い。感情を押しつけてこないぶん、聴いているこちらの記憶のほうが、勝手に動きはじめてしまう。その温度差が、この曲の魅力だとされている。

歌われているのは、やり残したことや、逃してしまった機会への、静かな後悔。声を張り上げて嘆くのではなく、胸の奥にしまった引き出しを、そっと開けて眺めているような手ざわり。

収録されているのは、1967年のソロデビュー作『Chelsea Girl』。書いたのは、16歳のころのジャクソン・ブラウンで、彼自身も、エレクトリックギターのフィンガーピッキングで参加している。ストリングスとフルートは、プロデューサーのトム・ウィルソンが、ニコに知らせないまま足したと言われていて、その少し夢のような広がりも、この曲の個性になっているのかもしれない。

音楽メディアのPitchforkは、この曲を、言葉にできない悲しみと、その気高さをたたえた一曲として評し、1960年代の偉大な曲200選の31位に選んでいる。2001年の映画『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』で、マーゴがバスから降りる場面に使われたことでも、広く知られるようになった。

ジャクソン・ブラウンの音楽が好きな人は、ニコが歌うこの曲も、ぜひチェックしてみてね。

季節がめぐっても動かない場所を抱えている、「過ぎ去ろうとしない恋」の彼女に、この曲の、冷たくてやさしい温度は、きっとよく似合う。

“Les saisons passent, certains lieux restent.”
— 季節は過ぎていく。けれど、ある場所は、そこに残り続ける。


A saudade também tem melodia.

消えない想いを、カフェオスト(Kaffeost)に浮かべて

“こんな夜”におすすめのドリンクを紹介。

消えない想いを抱えたまま、
ひとりで迎える、肌寒い夜に。

そんな夜に、ぴったりの一杯がある。
コーヒーにチーズを入れる、
北欧の飲みもの。
その名も、カフェオスト(Kaffeost)。

名前は、スウェーデン語で
「コーヒーチーズ」という意味。
北欧の先住民族サーミの習慣が、
起源とされている。

角切りのチーズを入れたカップに、
熱いコーヒーを注ぐ。
チーズは、フィンランド語でレイパユースト、
「パンのチーズ」と呼ばれるもの。

飲み終えたあとは、
やわらかくなったチーズを、
スプーンですくって食べる。

サーミの人々は、18世紀ごろ、
トナカイの毛皮とコーヒーを
交換していたと言われていて、
チーズも、もともとは
トナカイの乳から作られていたという。
伝統的には、白樺のこぶを削った木のカップ
「ククサ」で飲むのが習わしだという。

2025年6月には、EUが、
チーズとしての「Kaffeost」に、
PDO(保護原産地呼称)を認めた。
日本でも、2017年ごろから、
コーヒー系のメディアなどで紹介されている。

熱いコーヒーの中で、
ゆっくりやわらかくなっていくチーズ。
その時間を待っていると、
消えない想いを、
急いで片づけなくてもいいのだと思えてくる。


Created by 一かけらの今
調理時間約7分(コーヒーを淹れる時間を含む)
分量カップ1杯分
難易度★☆☆(3ステップ)

材料(カップ1杯分)

  • コーヒー(ホット):約240ml
  • チーズ(レイパユースト、またはハルミなど):30〜50g(1〜1.5cm角)

作り方

 STEP 1

  • チーズを1〜1.5cm角に切り、カップに入れる。

 STEP 2

  • 濃いめのコーヒーを淹れ、熱いうちにカップに注ぐ。

 Enjoy!

  • 1〜2分置いて、チーズをやわらかくなじませる。コーヒーを飲み終えたら、スプーンでチーズをすくって食べる。

日本で作るなら?

レイパユーストは日本ではなかなか見かけないので、ハルミ(ハルーミ)で代用するのがおすすめ。カルディやコストコ、通販などで手に入る。

ハルミは塩気が強いので、あらかじめ水に1時間ほどつけて塩抜きしておくと、コーヒーとなじみやすい。この時間は調理時間に含めていないので、先に塩抜きだけしておくと、当日はすぐに作れる。モッツァレラのように溶けてしまうチーズは、コーヒーの中で形が崩れるので向かない。

コーヒーは、苦すぎない中煎りくらいが、チーズのやさしい塩気とよく合う。本場の雰囲気を出したいときは、粗挽きの粉を鍋で煮出して、ゆっくり香りを引き出すのもおすすめ。

ハルミで作ると、本場のチーズとは別ものになるので、“カフェオスト風”と呼ぶのが、いちばん正直でちょうどいいのかもしれない。

ちょい足しレシピ

ハルミを焼く:フライパンで軽く焼き色をつけてから入れると、香ばしさが加わって、デザートのような一杯に。

砂糖やはちみつ:ほんの少し溶かすと、チーズの塩気との対比で、味に奥行きが出る。

鹿肉ジャーキーを添える:チーズとコーヒーに、ジビエの風味が重なって、おつまみのようなコーヒータイムに。

塩をひとつまみ:塩抜きをしすぎたときは、コーヒーにほんの少し加えて、味を整える。

マスカルポーネを添える:まろやかなコクと甘みが加わって、デザートドリンクのようなやさしい味に。


季節がめぐっても、
動かない場所があるのなら、
それは傷ではなく、
あなただけの小さな楽園なのだと思う。

その場所を心に持ったまま、
熱いコーヒーのぬくもりと一緒に、
今夜が、やさしく更けていきますように。

じゃあ、またね!


poetry by ある光
a film by 一かけらの今
illustration by Velvet Easter Corp.

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まだ愛を信じている、すべての人へ。

○掲載されている作品の著作権はある光様に帰属します。

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