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恋人たち | 会えているのに、心だけが遠い夜。スー・ジョンソンの言葉と『花様年華』の壁の穴、Iron & Wineの長い祈り、カルシュクの熱い湯気が、言えなかった想いの行き先を照らし出す。

失恋が辛い

会っているのに、遠い。
向かい合っているのに、届かない。

聞きたいのに、聞けない。
言いたいのに、言えない。

カップの湯気だけが、
二人のあいだで、静かに消えていく。

そんな夜のことを綴った、
祈りのような一篇の詩を、そっと開いてみる。

A long letter for the words we couldn’t say.

à partir du 25 octobre 2026
一かけらの今 a l’honneur de soutenir

恋人たち

Created by 一かけらの今

私たち
もう終わりだと思う?

あなたは
知らないフリをした

紙ヒコーキは
空の彼方へ

会いたいと願っても
会えないすべての恋人たちへ


Poetry by ある光

安心できない関係の中で、私たちは弱さを隠してしまう。だから、「彼」は、ほんとうの私を見ることがない。

二人は、カフェで会っている。
向かい合って座る二人のあいだに、
沈黙が、静かに置かれている。

「私たち
もう終わりだと思う?」
思い切って投げかけた問いに、
彼は、知らないフリをした。

そこで、場面が変わる。
「紙ヒコーキは
空の彼方へ」。
これは、メッセージを送った瞬間の
隠喩のようにも思える。

夜が更けたころ、
彼女は、彼にLINEを送ったのかもしれない。
そんなふうに読むと、
この短い詩が、ぐっと近くなる。

彼女の胸にあるのは、
不安と、あきらめに近い、
別れの前の静けさ。
二人でいる時間の中にこそ、
ふかい孤独がひそんでいる。

それでも、手放せない。
夜中にLINEを送ったのは、
まだ終わらせたくなかったから
なのかもしれない。

送信したあとは、
紙ヒコーキのように、
届くかどうかを、祈ることしかできない。
その無力感が、
短い言葉の奥に、にじんでいる。

何を送ったのかは、
詩には書かれていない。
それはきっと、彼女自身にも、
うまく言葉にできない気持ちだから。

彼とは会えるのに、
心の中では、
「会いたくても会えない恋人たち」と
同じ場所に立っているような感覚。

その人たちに向けた願いは、
彼には言えないことを、
広い世界に預けているようにも聞こえる。

そんな彼女の気持ちを、
心理学の視点から、
そっと言い当ててくれる名言がある。

臨床心理学者で、カウンセラーの
スー・ジョンソン。
感情焦点化療法(EFT)の開発者で、
著書『Hold Me Tight』の中で、
こんな言葉を残している。

(原文の“パートナー”を、
ここでは“彼”に置きかえて訳してみる)

« In insecure relationships, we disguise our vulnerabilities so our partner never really sees us. »
— 安心できない関係の中で、私たちは弱さを隠してしまう。だから、「彼」は、ほんとうの私を見ることがない。

「知らないフリ」をする彼と、
送った内容を明かさない彼女。
二人とも、弱さを隠したまま、
向き合っているのかもしれない。

彼の「知らないフリ」も、
彼女の言葉にならない言葉も、
安心できなさの中で身についた、
小さな鎧のようなもの。

心理学の視点は、
このすれ違いを、
やさしく言い当ててくれているように思う。

カンボジアのアンコールワットを訪れたチャウが、遺跡の壁の穴にささやいた「何か」

ここで思い出すのが、
映画『花様年華』。

ウォン・カーウァイ監督、
トニー・レオンとマギー・チャン主演の
香港映画。
2000年に制作され、
日本では2001年に公開された。

舞台は、1962年の香港。
隣同士に住む、既婚者のチャウとスーは、
それぞれの配偶者の不倫に
気づいたことをきっかけに、親しくなっていく。
けれど二人の関係は、プラトニックなまま、
すれ違いに終わってしまう。

ラストシーン。
カンボジアのアンコールワットを訪れたチャウは、
遺跡の壁の穴に、何かをささやいて、
土で塞ぐ。

劇中では、
山の木の幹の穴に秘密をささやいて、
土で封じる、という
昔の習わしが語られている。
ラストの場面は、それと重なっている。
ささやいた内容は、観客には明かされない。

LINEの内容が明かされない詩と、
構造がそっくりなのだと思う。

「紙ヒコーキ」と、
「壁の穴にささやく言葉」。
どちらも、言えなかった気持ちを、
直接ではない場所へ預ける行為。

チャウがささやいた言葉は、
スー・ジョンソンの言う
「隠された弱さ」そのものにも見えてくる。
誰にも言えないまま、
どこかへ預けるしかなかった想い。
それは、彼女の紙ヒコーキが運ぶものと、
きっと同じ種類のもの。

私もあなたと同じように彼を愛しているし、あなたもきっと同じように彼を想っているはずだから

気持ちが離れていくのに、
お互いに、本音を飲み込んでしまう。
そんな関係の中にいる彼女は、
何を望んでいるのだろう。

本当は、「終わりじゃないよ」と
言ってほしい。
それが無理なら、せめて、
知らないフリではなく、
本当の気持ちを聞かせてほしい。

結論そのものよりも、
彼がきちんと向き合ってくれること。
彼女がほしいのは、
それなのかもしれない。

そして、もし終わりが来るとしても。
この痛みは、
自分ひとりが感じているものではない。
そう思えるところに、
彼女のやさしさと、共感力の高さを感じる。

「会いたいのに会えない」気持ちを
知っている、見知らぬ誰かへ。
会えない夜を過ごす恋人たち
一人ひとりにも、それぞれの“彼”がいる。

「私も、あなたと同じように
彼を愛している。
あなたもきっと、同じように
彼を想っているよね?」
詩の最後の一行には、
そんな問いかけが込められているように思う。

その問いかけに、
私は、静かにうなずいてあげたい。
会えない夜を知っている人なら、
きっと、同じ気持ちだから。

弱さを隠してしまうのは、
それだけ、相手を大切に想っているから。
言えなかった想いは、
紙ヒコーキのように、
どこかへ、ちゃんと飛んでいくのだと思う。

fin d’un début
ある始まりの終わり

hitokakeranoima seleção

Iron & Wine — “The Trapeze Swinger”

“向かい合っているのに、心だけが遠くにある夜”。

今日の「hitokakeranoima seleção」は、Iron & Wineの「The Trapeze Swinger」(冒頭のYouTube動画から、聴いてみてね)。

言えなかった言葉を抱えたまま過ごす夜は、無理に前向きな曲で気持ちを整えなくてもいいのだと思う。この曲を聴いていると、うまく言葉にならない想いのままでも、そこにいていいような気がしてくる。

ささやくような声は、夜の窓辺で読まれる、長い手紙の朗読のよう。同じフレーズが繰り返されるたびに、思い出の井戸の底へ、小さな石をひとつずつ落としているような気持ちになる。曲の中盤は、古い写真を一枚ずつ、ゆっくりめくっている時間のよう。

祈りのような静けさがあるのに、聴き終えると、胸の奥があたたかい。長い一曲なのに、気がつけば、ずっと遠くまで連れてこられたような感覚になる。

歌われているのは、悲しみごと、忘れないでいてほしいという、小さな願い。日常のささやかな景色が、記憶のかけらのように浮かんでは消えていき、最後には、永遠はほんとうに見えるのか、という大きな問いにたどり着く。言えなかった言葉の行き先を探す、長い旅のようにも聞こえる。

Iron & Wineは、サム・ビームによるプロジェクト。この曲は、2004年の映画『In Good Company』のために録音されたと言われていて、2009年のコンピレーション『Around the Well』にも収録されている。サビのない、9分を超える長い曲なのに、ふしぎと長さを感じさせないとも言われている。

ニック・ドレイクやエリオット・スミスと並べて語られることもあるので、そのあたりが好きな人は、ぜひチェックしてみてね。

彼に言えなかった気持ちを、広い世界へ預けた「恋人たち」の彼女に、この長い祈りのような曲は、きっとよく似合う。

“Ce qu’on ne dit pas voyage quand même.”
— 言えなかった言葉も、それでも、どこかへ旅をしていく。


A saudade também tem melodia.

言えない想いを、カルシュク(Karsk)の熱に溶かして

“こんな夜”におすすめのドリンクを紹介。

言えない想いを抱えたまま、
冷えていく夜に。

そんな夜に、
体の芯からあたためてくれる一杯がある。

ノルウェー中部で親しまれてきた、
ホットのコーヒーカクテル。
熱いコーヒーに、無色のお酒を混ぜる。
その名も、カルシュク(Karsk)。

名前は、古ノルド語で
「元気な」「活力のある」という意味の
karskrに由来するとされている。
別の地域では、
カフェドクター(kaffedoktor)。
直訳すると、「コーヒーの医者」。

正確な起源は、はっきりしていない。
19世紀ごろから、北欧の農村で
飲まれてきたと言われている。
正規のお酒が手に入りにくかった時代に、
広まったという説明もある。

飲み方には、ひとつ、変わった習わしがある。
カップの底にコインを一枚入れて、
見えなくなるまでコーヒーを注ぎ、
次に、コインが見えるまでお酒を注ぐ。
ただ、少し冗談めかして
言われている習わし。

昔は、カップの半分までコーヒーを入れて、
持参した蒸留酒を、
各自が注ぎ足していた、という説明もある。

日本でも、2013年の記事で、
「カシュク」という表記で紹介されている。

熱いコーヒーの湯気の中で、
お酒がゆっくり混ざっていく。
その時間を待っていると、
言えなかった言葉を、
急いで探さなくてもいいのだと思えてくる。

お酒は、20歳になってから。
飲みすぎには気をつけて、
ゆっくり味わうのがおすすめ。


Created by 一かけらの今
調理時間約5分(コーヒーを淹れる時間を含む)
分量カップ1杯分
難易度★☆☆(3ステップ)

材料(カップ1杯分)

  • コーヒー(ホット・濃いめ):約90ml
  • ウォッカ(40度):30〜60ml
  • 角砂糖:1個(お好みで)

作り方

 STEP 1

  • カップに、お好みで角砂糖を1個入れ、淹れたての濃いめのコーヒー約90mlを注ぐ。

 STEP 2

  • ウォッカ30〜60mlを少しずつ加えて、軽く混ぜる。

 Enjoy!

  • 熱いうちに、ひと口ずつ、ゆっくり味わう。

日本で作るなら?

ノルウェーでは、昔は自家製の蒸留酒が使われていたと言われている。日本では、自宅でお酒を造ることが法律で禁じられているので、市販のウォッカで作るのがおすすめ。

アクアビット(ノルウェーの伝統酒)は日本では手に入りにくいので、手近なウォッカが現実的。グラッパ、ブランデー、カルヴァドスで作る例もある。

本場では、コーヒーとお酒をほぼ同量で合わせるレシピが多いと言われているが、かなり強い一杯になる。飲みやすくするなら、コーヒーを多めに。

コーヒーは、薄いとお酒と混ざりにくいので、ドリップで濃いめに淹れるのがおすすめ。

雰囲気を出したいときは、カップの底にコインを入れて、目安にしてみても。ただ、底の細いカップだとコインが見えにくいので、遊び心程度に。

ちょい足しレシピ

砂糖:角砂糖1個、または小さじ1ほどを加えると、苦みがまるくなる。

ホイップクリーム:英語圏では、ウォッカ版が「ロシアンコーヒー」と呼ばれ、ホイップを乗せる形もある。

シナモンスティックやクローブ:添えると、ホットワインのような香りに。

オレンジの皮:ほんの少し搾って香りづけすると、すっきりした後味に。

ノンアルコールで:濃いめのコーヒーに、バニラシロップを少し加えると、雰囲気だけ楽しめる。


弱さを隠してしまうのは、
それだけ、大切に想っているから。
言えなかった想いは、きっと、
紙ヒコーキのように、どこかへ届いていく。

今夜は、熱いコーヒーのぬくもりに、
言えない気持ちをひとつ、
そっと預けてもいいのだと思う。

じゃあ、またね!


poetry by ある光
a film by 一かけらの今
illustration by Velvet Easter Corp.

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まだ愛を信じている、すべての人へ。

○掲載されている作品の著作権はある光様に帰属します。

※お送りいただいたメッセージは、編集部にて大切に拝見いたします。

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