きっと最後の記念日
指先
銀のスプーンには
暖かなポタージュ
溶けるバターには
焼けたトースト
わたしの指には
あなたの指がよく似合う
つないでいて
この部屋を出るまで
赤い運命で
結ばれていなくても
いいから
お願い
あなたを想って
わたしは泣いた
一緒に観た映画も
街角のギター弾きも
すべては
過ぎ去ってしまった
もしもあなたが
泣くのなら
わたしを想って
涙を流すの?
ねえ
最後のお願い
わたしのために
泣いてほしいの
二人の影
いつも決まって
さよならは
あなたが言ったね
夕暮れが過ぎる前に
あなたに追いつきたくて
言葉を探すけど
燃えていく空に
目が眩んで
わたしは涙ぐむだけ
いまでも心は
置き去りにされたまま
あのとき
本当は叫んでいたんだ
届かないまま
まだここにあるんだよ
カシス
わたしの唇は
寡黙なカシス
寝息の合間に
塗っておいたの
強くこすっても
きっと取れない
はやく気づいて
何も言わずに
誰が見ても
わかると思う
夜が明けても
あなたのもので
いられると思う
記念日
二人でいられる
なんでもない日常が
かけがえのない記念日
そんなふうに感じて
可笑しくて悲しくて
わたしの居場所は
ピエロの住処
忘却の空に
消えていく
ガラスのメリーゴーラウンド
色をなくした世界が回る
わたしはもう
あなたに
追いつけそうにない
わたしはもう
どこにも
辿り着けそうにない
Journey in to Chapter II
第2章へ続く
Chapter II
一つの光景
名前を呼んで
指揮者の消えた
オーケストラ
いつまで経っても
鳴り止まない
わたしの名前を呼んで
あなたがそうしなければ
いつまで経っても
オペラは終わらない
目を閉じても
耳を塞いでも
押し寄せてくる
悲しみの洪水
いつになったら
幕が下りるの
わたしの名前を呼んで
あなたがそうしなければ
カーテンコールは
遠ざかるだけ
シャツの薫り
主人をなくした
あわれな抜け殻
気づかないフリなんて
ヒドい人
安心して
ここにいていいから
星の見えない夜は
一緒に眠って
もう少しだけ
あと少しだけ
シャツの薫り
消えないでいて
夜の気配
揺蕩う午後に
グラスを撫でる指
なげやりな言葉は
物言わぬ液体
焦れた氷が
身を溶かす
窓の外を眺める瞳は
次第にうつろになっていく
いつの間に黒い猫
わたしの部屋に
住みつくように
なったの
あなたより
あなたより
やさしくて
あなたより
愛してくれる
あなたより
あたたかい人
あなたはもう
何も言わない
きっともう
指を絡ませる
こともない
わたしはもう
彼の腕の中
あなたはもう
彼女の部屋の中
二人の場所は
どこにもないのね
あなたのために
買っておいた花は
今もまだ
この部屋の隅にある
永遠になる
ほら
笑って
もっと近づいて
シャッターを押すから
その間だけ
じっとしていて
見つめていて
わたしの頬に
優しく触れて
最高の笑顔
あなただけに見せるから
照れないで
笑ってみせて
出会った頃に
そうしたように
最後のキス
波の光に消えていく
わたしの恋は
永遠になる
fin d’un début
ある始まりの終わり