あなたと過ごせてよかった
あなたのこと
連弾のピアノのように
織りなす会話
あなたの咽喉が
弾むように動いて
音を紡ぐ
そんな時間が愛しくて
多幸感に包まれて
私はいつも
どんな些細なことでも
くすぐったい気持ちで
笑っていた
あなたのことが
本当に
大好きだった
大切なもの
いつまでも一緒
そんな子供じみた想いを
抱えていたわけじゃない
ただあなたの服を選んだり
図書館で並んで勉強したり
そういうことができる権利を
そっと大切にしていた
ルノワールの絵画に近い
朗らかさと
深淵に沈むほどの
強い気持ちをもって
かすかな期待
したたかな眼差しに
少したじろいだ
芯の強さに
責められている気がしたから
ざらりと過ぎていく
退屈な時間と
駆け引きの視線
期待している
あなたの手で
時計の針が外されること
迷うこと
霧雨に混じる匂い
かなしいとも
さみしいとも違う
どこか遠い感覚
身に纏っているのは
青藍の襟と
シックな革靴
浮かぶほどの軽さと
纏わりつく重さ
迷うことは
悪いことじゃないよと
あの頃の自分に伝えたい
深海
赤光に照らされるシルエット
あなたの伸びた後ろ髪が
淡い風に揺れる
その柔らかさを
手に入れたいのに
矛盾している
深海のような重たさが
優しく降り積もっていくなんて
ふりむいたあなたの
表情が見えないなんて
Journey in to Chapter II
第2章へ続く
Chapter II
一つの光景
あなたの心は遠く、離れて
映画に使われていた
マーラーの交響曲
陽がさす部屋で
心地よく聴きながら
消えていきそう
甘い旋律
悲しい和音
胸が軋んだ
アダージェットを送る頃
あなたの心は遠く、離れて
戻れない指先
あなたの手が
私の手からすり抜けて
でももう掴めない
プラタナスの影が
少しずつ移動するように
心もまた変化する
落ちていく
欠けていく
道は分かれた
もう戻れない
自分らしくいられるところ
流れるひつじぐもを追って
駆け出したい
あなたのことも
身の回りのことも忘れて
どこまでも遠く
どこまでも強く
自分らしくいられるところまで
あなたと過ごせてよかった
何本もある人生の道を
一人一人悩んで
選択して
そうしてあなたと私が
出会ったのだから
これは運命だったよね
意味のない笑顔などなくて
悲しい気持ちにも嘘はなくて
ただここは通過点にしようと
そう決めただけ
あなたの人生と
交差できてよかった
あなたを思い出にする
褪紅のライラック
華奢な花が集まって
誇るように咲いている
優しく耽美な芳香に
凍えていた心が
ほどけて
いま
あなたを思い出にする
fin d’un début
ある始まりの終わり