たった一人、私だけが
方舟
ずっと視線が
同じ高さだったあなたを
いつのまにか
見上げるようになったとき
方舟のように
音も立てずに
時計が動き出していた
今頃あなたは
朝は
空が広い気がする
入れ替わったばかりの
新鮮で冷たい空気
深呼吸すると
朝露が肺にくっつくみたい
今頃あなたは
まだ眠っているのかななんて
瞬きするように自然に
考えていた
こぼれ落ちそう
小さな頃は
赤が好きで
うさぎが好きで
お母さんのつくる
甘い卵焼きが好きだった
あの頃の「好き」は
単純でわかりやすく
明確だったのに
歳を重ねるごとに
見えにくくなってしまうんだね
今の「好き」は
ありあまるほどの感情
つたない手から
こぼれ落ちそう
貝殻
砂浜を一緒に歩く
そんなことも意識せず
自然にできていたのに
あなたが
拾った貝殻を
さりげなく私に手渡して
「そういうの好きじゃん」
なんて言うから
途端に広がる微熱
思わせぶりな前髪
ぎこちなく揺れる腕
水平線の彼方から
荒くて強い風が吹く
私はもらった貝殻を
守るようにして
ぎゅうと手に力を込める
知らなかった
霧のような淡さで
雨のような静けさで
心に湧いていく
薄桃色の想い
感情が
こんな広がり方をするなんて
知らなかった
ふわふわと漂うようにしながら
こんな重さで心に残るなんて
知らなかった
いいのだろうか
これを恋と認めても
Journey in to Chapter II
第2章へ続く
Chapter II
一つの光景
ソフトクリーム
ソフトクリームが溶けて
ぽたぽたと
アスファルトに
吸い込まれていく
2人分の影は
重なることのない
微妙な距離感
爽やかな風の中でいま
私だけが
ソフトクリームの冷たさと
あなたの手の
体温の高さを知っている
たった一人、私だけが
今まで/これから
まだ背が低かった頃のあなた
まだ声が高かった頃のあなた
戦隊モノのおもちゃで
戦っていたあなた
高い遊具に登れずに
泣いていたあなた
全部覚えてる
小さな頃から隣にいて
面白いくらい一緒にいて
それなのにここにきて
こんなにも愛おしいと思う
おかしいね
今までの成長も
これからの活躍も
そばで見たいと願ってるなんて
親切と愛
優しいあなたに
貸してもらった本
これは親切
優しいあなたに
貸してあげたい本
これは愛
同じもので
同じ行為でも
親切と愛は違う
私はただ
あなたからの
愛が欲しい
かわいい提案
放課後
屈託のない笑顔で
駆け寄ってくるあなた
「一緒に帰ろう」
どこか大人びた自分がいて
かわいい提案だと思いながら
静かに頷いた
ありがとう
太陽のような明るさで
いつも私を引っ張ってくれて
そっと教えて
夕闇に守られる
2人の間を
夜風が
吹き抜けていく
いつも少し前を歩く
あなたなのに
今日はぴったり隣にいる
なんだか歩きにくい
息がしにくい
聞きたいことが
たくさんあるけど
ひとつだけ
遠回りしてくれる理由を
そっと教えてほしい
fin d’un début
ある始まりの終わり